野球7日間スラッガー育成プロジェクト

垣内哲也を知る(記録・エピソード)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

【背番号】

39 (1989年 - 同年途中)
63 (1989年途中 - 1991年)
33 (1992年 - 1993年)
12 (1994年 - 1998年)
55 (1999年 - 2002年)
38 (2003年 - 2006年)
81 (2010年 - )

【個人記録】

初出場・初先発出場:1991年6月18日、対オリックスブルーウェーブ13回戦(山形県野球場)、7番・左翼手として先発出場
初安打:1991年7月21日、対福岡ダイエーホークス14回戦(平和台野球場)、2回表に本原正治から
初打点:1991年7月30日、対ロッテオリオンズ15回戦(川崎球場)、1回表に荘勝雄から
初本塁打:1991年10月13日、対ロッテオリオンズ26回戦(川崎球場)、3回表に今野隆裕から
初盗塁:1993年7月16日、対オリックスブルーウェーブ13回戦(西武球場)
100本塁打:2001年9月30日、対日本ハムファイターズ26回戦(西武ドーム)、4回裏に清水章夫から中越同点2ラン
日本シリーズ出場:3回(1993年、1994年、2002年)
オールスターゲーム出場:1回(1995年)

【エピソード】

ロッテで使用されている応援歌の原曲はGOING STEADYの「愛しておくれ」であった。引退した後もマリーンズのチャンステーマに使われている。西武時代は苗字と打球の音をもじって「カッキーン!」「ウッチーン!」と独特の声援があった。
2004年9月11日の日本ハム戦で1点を追う9回裏、二死無走者で打席に入りサードゴロに倒れ、敗戦と思われた。しかし敵失で出塁し、後続のタイムリーで生還して延長戦に突入する。そして、同点のままで迎えた11回裏の打席でサヨナラホームランを放つ。この日は選手会のストが中止となりプレーオフ進出をめぐって3位争いをしている中での試合だった。
ファームでも通算109本塁打を記録しており、一軍・ファーム双方で100本塁打以上を記録している唯一の選手である。ガンバレ日本プロ野球!?に出演した際にこのことを金村義明に報告したところ「プロ野球選手として一番自慢したらいかんことや」と冷静に突っ込まれている。
素質は清原以上と言われた。また、和歌山出身なので「ミカンの大器」と言われた。


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